最高裁判所第三小法廷 昭和44年(し)38号 決定 1969年7月14日
主文
本件抗告を棄却する。
理由
弁護人松本武、同吉田孝美の抗告趣意第一点について。
被告人が甲、乙、丙の三個の公訴事実について起訴され、そのうち甲事実のみについて勾留状が発せられている場合において、裁判所は、甲事実が刑訴法法八九条三号に該当し、従つて、権利保釈は認められないとしたうえ、なお、同法九〇条により保釈が適当であるかを審査するにあたつては、甲事実の事案の内容や性質、あるいは被告人の経歴、行状、性格等の事情をも考察することが必要であり、そのための一資料として、勾留状の発せられていない乙、丙事実をも考慮することを禁ずべき理由はない。原決定も、この趣旨を判示したものと認められる。所論引用の高松高等裁判所昭和四一年一〇月二〇日決定(下級裁判所刑事裁判例集八巻一〇号一三四六頁)は、勾留状の発せられている起訴事実について裁量保釈が適当と認められる場合には、勾留状の発せられていない追起訴事実の審理のために被告人の身柄拘束の継続が必要であることを理由として保釈を拒否すべきではない旨を判示したものであつて、本件と事案、論点を異にし、適切ではないから、所論のうち判例違反の論旨は、前提を欠くことに帰する。その余は、単なる法令違反の主張であつて、結局、所論は、すべて刑訴法四三三条一項の抗告理由にあたらない。
二、同第二点について。
所論は、憲法三一条、三四条違反をいう点もあるが、その実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四三三条一項の抗告理由にあたらない。
三。同第三点について。
所論は、憲法一四条違反をいうが、原決定は、単に被告人が前科八犯を有する元暴力団であるとの理由のみによつて裁量保釈の規定を厳格に解釈して保釈請求を却下したものではないことは、原決定文上明らかであるから、論旨は、前提を欠き、刑訴法四三三条一項の抗告理由にあたらない。
よつて、刑訴法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(飯村義美 田中二郎 下村三郎 松本正雄 関根小郷)
弁護人の特別抗告申立書
<前略>
抗告の趣旨
原決定を取消す、
大分地方検察庁検察官の抗告は棄却する、旨の裁判を求める。
抗告の理由
第一点
原決定は抗告裁判所たる高等裁判所の判例に反する不当なものである。
すなわち、勾留は勾留事実につき公判の審理及び刑の執行を確保するため必要ある場合に限り許されるものであり、保釈はそれを緩和する制度であるから、保釈当否の判断は、その性質上勾留事実のみを基準として行われるべきであり、その際勾留されていない追起訴事実の審理刑の執行確保まで併せ考慮することは許されないと解すべきである。このことは昭和四一年一〇月二〇日の高松高等裁判所の判例(下刑集八巻一〇号一、三四六頁)が正当に判示しているところである。
しかるに、原審は「勾留されていない追起訴事実を全く度外視し勾留事実についてのみ保釈相当の裁量をなすことは軽卒の譏りを免れない。」旨判示し、追起訴事実の犯行・審理の状況・証拠隠滅等まで考慮した上、保釈不相当の判断をしている。これは明かに前記高松高等裁判所の判例に反し刑事訴訟法第九〇条の解釈運用を誤つた違法な決定である。
第二点<以下略>